18歳年下妻をもつ41歳旦那の雑記

特に方向性はなく日常の様子や思う事について語って行くブログです

自転車事故の記憶

今回は以前起こした自転車の事故のことを少し。

 

 

7年前のこと

 

 

今よりちょっと(更に)引きこもり気質だった自分は34歳までロクに身体を動かす事をしてこなかった。

 

このまま何もせずに年をとって行くことに体力的な危機感を覚えた自分は何か良いスポーツはないかと 探していたところでロードバイクと出会った。

 

 

三交代勤務の仕事をしている自分が自転車に乗る時間は日によってバラバラでその日は昼から仕事だったため朝早くから出かけた。

 

その頃は坂道を少しでも速く登れるようになるために高速道路のインターチェンジの近くまで登って脇の細い道を更に登り、急坂を一気に下って家に戻るコースをよく走っていた。

 

その日もやはりそのコースを走って最後の急坂を下り終え、いつもならそのまま家に帰るところなのだが余裕があったのか家に向かう交差点を逆に曲がって別の山を登ったところにある職場の友人の家まで行ってみようと考えた。

 

 

交差点の横断歩道を渡る時、少し年配の女性とすれ違ったところまでは覚えている。

 

 

そこから先の記憶がなく、未だに全く思い出せないのだが病院の集中治療室のうっすらとした記憶がその後のいちばん最初の記憶だ。

 

それから約2週間ほど入院していたが病院での記憶はまるで数日前の夢の内容を思い出そうとするかのように細部があやふやでその行動も酒に酔っているように自由奔放だった(ようだ)

 

 

 

この事故の時、自分は道路脇の鉄柱に激突し背中から歩道の路面に投げ出され後頭部を酷く打ち音で気づいた付近の店舗の女性が救急車を呼んでくれたのだそうだ。

 

自転車用ヘルメットの背面部分が壊れてサイズ調整のダイヤルが機能しなくなっていて自転車のハンドルも大きく曲がりカーボン製のフレームもトップチューブに亀裂が入っていた。

 

 

自分の体の方はと言うと肋骨骨折、頭蓋骨骨折、鎖骨骨折、肺挫傷、顔面打撲。

 

…そして脳挫傷

 

 

頭を強打して意識が朦朧としていた自分だったが、この「脳挫傷」という言葉に覚えた恐怖感は計り知れなかった。

 

更に極めつけは医者が放った「高次脳機能障害の恐れ」という言葉。

 

 

障害者が残る?社会復帰できない??

 

 

良い歳して実家住まいで両親に甘えて結婚もせずに好きなことばかりやってきた挙句、仕事までできなくなったら本当に周囲に迷惑しかかけていないことになる。そうなればもう生きていてもしょうがないとまで思った。

 

(もう少し冷静に考えられる精神状態ならここまで自分を追い詰めることもなかったのかもしれない)

 

 

ちょっと今回は文が長くなりすぎたので救いのない内容ですがここで切ります。

 

 

続きはいずれ